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宝島の砂浜と植物

 

<管理人について>
 
 junko  宝島の観光プランナー・ガイド


はじめまして。管理人の junko と申します。

ご訪問いただいて、ありがとうございます。
   
私が初めて宝島を訪れたのは2016年夏。
南の島、海、自然、夏が好きでいろいろな島を旅しましたが、
宝島の自然は今まで出逢ったことのない表情をしていて、驚きました。
 
何というか、自然が深い。
強い磁力のようなものを放っていて、自然そのものが身体の中に入ってくるような、
不思議な感覚。
10日ほど滞在して島の人も行かない場所へ行ったり、あちこち巡りました。
 
観光地化されていない手つかずの自然。意図や作為のない、その無為な姿。
それはリゾートのように整っていないし、洗練されてもいません。
その代わり「ありのままで、ただそこに在る」ことの、存在の確かさや強さを放っていました。
その力強い呼吸は自然が持つ、声高ではないけれど圧倒的な生命力を体感させてくれます。
 
1日中そのなかにいて、ただ頬を風に撫でられること、ただ目の前に緑が広がっていること、
果てのない海と空があることに十分満たされ、贅をつくしているようで
これ以上何がいるんだろう、と思いました。

 

 

島の人たちはよく言います。「ここは何にもないところだけどね」と。
 
でも、宝島は便利なものがないだけで、何もないところではありませんでした。
今まで享受していた便利なものは、無くても本当はたいして問題はなく、
実は便利なものに飼い慣らされていただけかもしれない。
 
不便というより「便利に囲まれていない」ことで、五感が覚醒する心地よさ。
そこには不便を補って余りある豊かさがあるように感じました。
 
もちろん、まったく不便を感じないわけではありません。
飲食店やクリーニング店がなかったり、売店は朝夕しか開いていないので昼間は買い物ができなかったり。
でも生活していく上で支障になるようなことは特にありませんでした。
 
ここには本当に要るものは充分あって、足りないものはない。
住む人々は自然と同じように個性豊かで優しく、おおらかです。
便利さがなくても、生活を楽しめる余裕を身につけているからでしょうか。
 
それまでは東京の日本橋に住み、長いあいだ外資系の企業で働いていました。
東京が好きでそこでの暮らしを楽しんでいましたが、宝島に来る2~3年前くらいから、
都会で消費する生活や社会にどっぷりはまっていることに、小さな違和感を感じ始めてもいました。
「これからもこうして生きていきたいのかな」と。
だからと言って今すぐどうこうしようという思いきりもなく、日々の生活を送っていました。
 
そんななかで訪れた宝島に突然、惹きつけられ「離れたくない」と言うより、「離れられない」
という思いが湧き上がってきて、帰りのフェリーで次に行くための飛行機の予約をしていました。
3週間後に再び行き、さらに2ヶ月後に再訪。どうしちゃったんだ、自分!と思いつつ(笑)。

 


そして2017年春に移住。

自分でもびっくりです(笑) こんなことになるなんて。
 
東京にいた頃とは180度違う暮らしの中で感じるのは、
身近に自然がある場所で、五感を生き生きと働かせて暮らすことの豊かさ。
これがあれば人が暮らすことに、お金も含めて本来そう多くのものは必要ないのかも、と思います。
その思いは「自由」を伴っていて、どこかに忘れていた感覚を呼び覚ますようで。
 
今は宝島で観光関係の仕事をしています。
宝島を訪れた人が、その人だけのお気に入りの場所や過ごし方を見つけたり、
宝島を外から見るだけでなく一歩中に入って、
島や人々との距離が縮まるような旅のお手伝いができれば、と思っています。
 
どうぞ、よろしくお願いいたします。
宝島でお待ちしていますね。

 

 

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